日進月歩

私は人の話をよく聞くというか聞き上手な訳ではないですが、たまに公園のベンチに座って日なたぼっこをしてると、たまたま公園を散歩している知らない人と軽くえしゃくをかわし、そうなると世間話が始まり決まって大体30分以上は話がやまない状況が多いんです。ですがほとんど相手の話を聞いてるだけなんですが。そんな中で印象に残るのは、死にたいという人が多いということです。いや確率的にいえば他人に長話をしてくる人は、どこか悩みがある人が多いせいか、どうしても『死』というキーワードがくっついてくるのかもしれません。私が感じるに世の中つらいことが10個あれば、その内のマシな1個を自分で楽しくしないと、幸せなことなんて世の中にはひとつも無いと思います。けど死にたいと感じてしまう人は、けっしてそうではなくまるで『死』というものが親しい知人のような語り方をするので、とても不思議に思います。人生という字の中に『生』という生きる意味があり、人と生はコインのように表裏一体なのに、なぜ死というものをもっと忌み嫌い敵視しないのかと疑問に感じるんです。なので私は死にたいという人がいれば、まず話を聞いて、それでも話を聞き続けて、それを見た他の人がもうほっとけよと言っても、まだまだ話を聞いて、話してる相手が何を話してるのか忘れてしまいクスッとしてしまうまで聞いて、いつかこの世から死というものが薄れ無くなって、いや死であって死ではないものに変わるまで、私は話を聞き続けるでしょう。
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